一生に一度は

2010年8月6日

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 昔から富士山を眺めるのは好きだったけれど、登りたいとは思ったことがなかった。天気のいい日、東京から富士山が見えると、何かいいことが起こりそうな、そんな雄大な気持ちになる。しかし、標高3775メートル、日本一の山は遠くから眺めているから美しいのであって、気力体力をかけて登るとなると話は別だった。8時間、10時間かけて登るなんて想像しただけでめまいがしそうである。
 ところがここ数年、「富士山に登った」という話をまわりでよく聞くようになったのだ。40代もまわり、若く体力があるうちに、せめて一度くらいは登っておこう。そんな気分がわいてくるようだった。それでも実際に登ると、空気が薄くなり高山病で苦労したり、風で吹き飛ばされてけがをしたりと、なかなかカンタンにはいかないようだった。やはり日本一の山を極めることは大変なことなのだろう。だが、そんな話を聞いているうちに、わたしも体力をつけて登ってみようかなという気分になってきたのである。少なくとも今のように仕事の締め切りに追われ、徹夜を繰り返しているような生活をしている限りは実現しそうもないが…。

 そんな漠然とした思いを抱えている矢先、先日、海外からお客さまが来て、富士山五合目まで行くバスツアーに参加するというので、わたしもご一緒することになった。五合目までは富士スバルラインを使ってバスで登るため、旅行者は特別登山の準備は必要ないらしい。とはいえ、はじめての富士山だったので、まったく五合目の状況がイメージできなかった。標高は2305メートル、7月半ばとはいえ最高気温が18度くらいだという。何度か登ったことがある、インドネシアの東ジャワにあるブロモ山が、標高2392メートルなので、そこよりは若干低いことになる。ブロモ山での日の出前は零度ちかくまで気温が下がり、かなり寒かった記憶がある。同じく富士山五合目も、曇っているとかなり寒いらしい。そんな情報だけで、実に気軽にツアーに参加することになった。
 ツアーは、英語ガイド付きの外国人旅行者ばかりのコースだった。参加者は、アジア圏をはじめ、ハワイや欧米からの旅行者も多かった。そしてバスに乗るやいなや、ガイドさんが、日本の国土から歴史、文化などをこと細かく紹介しはじめた。日本人もびっくりの詳しさである。「奈良、京都と都は移り、そしてはじめてのサムライの政府は鎌倉にできたのです」。そんな説明に「なるほど!」と感心してしまったのである。
 こうして順調にバスツアーは進み、河口湖畔でくつろぎ、そして眺めのいいホテルのレストランでビュッフェスタイルのランチとなった。そのころになると、ツアー参加者どうしでコミュニケーションが生まれ、ツアーはほのぼのした雰囲気になっていた。
 そして昼食後は、いよいよ富士登山である。その日は梅雨の合間にもかかわらず、気持ちいいほどの晴天だったため、美しく雄大な青富士がバスの窓から見ることができ、富士山が大きく迫ってくるたびに歓声があがっていた。しかし、ガイドさんいわく、富士山ほど気難しい山はないらしい。どんなに晴れていても、風向きが変わり雲が現れると、たちまち頂上が見られなくなってしまうのだという。それではあまりにも残念。せっかく海外から日本に来て、まさに一生に一度の富士登山の旅となっているのだから、どうか五合目から頂上が見られますようにと祈るような思いになっていった。
 1時間ほどでバスは五合目まで着いた。バスの駐車場はほぼ満車で、いかに富士登山ツアーが人気かを物語っていた。後で知ったのだが、同じ日、参院選を控えていた柔ちゃんこと谷亮子氏も富士山頂上へ登っていたのである。報道陣の多くがバテ気味だったのを横目に、柔ちゃんは元気いっぱい笑顔で頂上までたどり着いたとのこと。やはり金メダリストの体力は尋常ではないと実感した。
 さてわたしたちは、五合目でバスを降り自由行動となった。約1時間の休憩だったので、ビューポイントで写真をとったり、こけももソフトクリームを食べたりしながらのんびり過ごした。五合目の空気は涼やかで、歩いていても暑さを感じず気持ちがよかった。おかげさまで天気も最高のコンディションとなり、青富士は堂々たる高貴な姿でわたしたちを迎え入れてくれた。頂上ちかくにかすかに雪をのこし、青色の富士とのコントラストが実に美しい。そして、これが東京からいつも見ていた富士山かと思うほど、頂上は間近に迫っていた。すぐにでも登れそうな気にさせるのだ。五合目まで来たのなら、頂上まで登りなさい。そう言われているかのようだった。

 あっという間に1時間は過ぎ、ふたたび私たちはバスに乗り、あとは一気に東京へと向かった。下界まで降りてゆくと、蒸し暑さが戻ってきて、日本の夏を感じさせた。その暑さは、まさにザ・ニッポンである。そして、海外からのお客さまにもニッポンの美しさを楽しんでもらえた嬉しさで、日本人であるわたしの心には、さらなるニッポンが芽生えてきたようだった。 富士は日本一の山。 次は頂上へ。一生に一度は、挑戦してみよう。こうして心地良い疲れとともに家路へと向かったのである。