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チャンプアンの聖なる空気

 鬱蒼とした森のなかにある、ウブド発祥の地、チャンプアン。
 その歴史は、8世紀に東ジャワからバリ島に渡ってきた高僧ルシ・マルカンディアが、ウブド村にある美しい渓谷、ふたつの川が合流する場所に聖なるものを感じ、グヌン・ヌバ寺院を建立したことにはじまる。そこが、チャンプアン──。出会い交わるという意味のバリ語で、ふたつの川が交わるところを、人々はそう呼ぶようになったのである。
「こうしてチャンプアンに寺院を建立したルシ・マルカンディアは、そこで瞑想するようになったんだよ。その頃、従者のなかに病を患った人が多くいたからね。神からの啓示を得るために祈ったんだ。そして、ふたつの川が合流するところで沐浴するといいとの啓示を得る。すると、そこには聖水が湧き出ていて、沐浴した人々は次々と病が癒されて健康になったんだよ」
 こう教えてくれたのは、ウブド王家に生まれ、ウブド文化の中心的人物として活躍するチョコルド・ラコー・カルティヤサ氏だった。
「ウブドのことを知りたいならカルティヤサ氏に聞くといい」と、多くの村人にうながされ、氏が暮らすチャンプアンの家を訪ねたのである。そんなカルティヤサ氏の話は非常に面白く、次から次へと、歴史とも神話とも、フィロソフィともいえる話を語ってくれた。
「やがて人々は、この聖水が湧き出る川をウォス川と呼ぶようになるんだ。ウォス(Wos)とは、“癒される・治療力がある・薬”という意味で、バリ語のウバド(Ubad)、インドネシア語のオバット(Obat)にあたるんだよ」
 そうして、人々は癒しを感じるこの地域をバリ語のウバド(Ubad)と呼ぶようになり、いつしか発音が変化してウブド(Ubud)となったのだという。つまり、ウブド村とは、“癒しを感じる”村という意味だったのだ。
「2つの川が合流するところで沐浴すると、病気も、精神を病んでいる人も治るんだよ。今でも多くの人が、ここで沐浴をし祈りを捧げているよ。そして、聖なる空気に包まれたこの辺りでは、いつでも人々は癒しを感じることができるんだ。癒しは人々を喜ばせ、幸せな気分にさせる。ほら、キミだってすごく嬉しそうな顔をして笑っているじゃないか」
 まぁ! どうやら私は、カルティヤサ氏の話が楽しくて、自然と微笑んでいたようだ。氏が言うように、ここがウブド──“癒される場所”だったからかもしれない。
 静かな田園風景に囲まれたカルティヤサ氏の家。外からはたえず鳥のさえずりが聞こえてきて心地いい。大自然のなかに身をゆだねている、そんな優しい時間が流れていた。気がつくとそろそろ陽が暮れそうだった。

 カルティヤサ氏の家をおいとました私は、家の前の小径からグヌン・ルバ寺院の方へくだり、さらにチャンプアンの渓谷までつづく階段を降りていった。そして、ふたつの川が交わるところで、私も水のなかにゆっくり手を入れてみた。気のせいか、たしかにかすかながら、水が湧き出ているように感じだ。聖水にふれたのだろうか。そして、その水を少しすくい、頭や顔につけてみた。東京での疲れが癒され、パワーがもらえるかも……。そんな暗示のつもりだった。
 見渡すとそこは、熱帯の森に囲まれた穏やかな渓谷の風景がつづいていた。今、何世紀にいるのだろう。時間が止まっているかのようだった。はるか8世紀の昔、ルシ・マルカンディアが瞑想し、啓示を得た場所チャンプアン。ここは、自然のオーラに包まれた癒される場所──。
 こうしてチャンプアンの聖なる空気にふれ、ちょっぴりウブドの魔法にかかったような気分になるのも、いいかもしれない。そんな旅の楽しさに満たされて、また私は微笑んでしまった。



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