SURVIVOR   

2016年12月26日

モスク工事中.jpg




 2016年も年の暮れを迎えた。
 年々、月日の流れが早くなるようで、この1年もあっという間だった。書きたいことや、読みたい本、観たい映画が山ほどあるのに、自分のペースが宇宙の営みに追いつかない。1日24時間というが、実質、その半分もなかったかのような気分で1日が終わり、何もできぬまま、日々が過ぎていく。
 その間、世界はどんどん姿を変えていっているようだった。そう感じるのは、ただ自分が歳をとってきていて、子どものころより、世界をより身近に感じているからだろうか。案外、昔から、世界はめまぐるしくその姿を変えていたのかもしれない。

 そんななか、今年は、カンボジアのプノンペンと、インドネシアのアチェを訪ねることができたことが、私にとって忘れられない出来事となった。偶然か、必然か。どちらも、『SURVIVOR』との出会いの旅となったのである。
 SURVIVOR──サバイバー。事故や災害などに遭いながら生きのびた人。生存者。

 それは12月頭、カンボジアの首都プノンペンで、ポル・ポト大虐殺の舞台のひとつとなったトゥール・スレン虐殺博物館を訪ねたときのことだった。そこは、もともとフランス式高等学校の校舎だったが、ポル・ポト時代(1975年4月ー1979年1月)には、鉄条網に覆われた牢獄(政治犯収容所)と化した場所だった。およそ1万2000人以上が政治犯として連行され、拷問の上で、ほぼ全員が処刑されたと言われていた。その多くが、アメリカのCIAや旧ソ連のKGB、あるいはベトナムの「スパイ」だと疑われ、自白を強要され、殺害されたのである。
 そして1979年1月のベトナム軍による解放で、ポル・ポト政権が崩壊し、この収容所では、奇跡的に12名が生き残ったと伝えられていた。79年といったら、かれこれ40年近くも前のことである。
 そのトゥール・スレンを訪ねると、そこには40年という月日を一気に飛び越えたかのような空間がひろがっていた。当時の様子を生々しく甦らせる独房や拷問室、拷問道具、収容者の写真や資料などが、A棟からD棟までにわたり展示されていた。私は、その一室一室を、じっくり丁寧に見てまわった。そして最後に中庭に出ると、驚いたことに『SURVIVOR』とかかれた横断幕があり、ここで生きのびた2人の被害者がいたのである。
 SURVIVOR。彼らの物語は、博物館の展示物や音声ガイドの中でも何度も紹介されていた。機械工や画家という、特殊技能をもっていたことがクメール・ルージュ(ポル・ポト派)にかわれ、生かされたのだと説明されていた。こうして、ほとんどの人が処刑された中、彼らだけが生き残った、偶然と奇跡に、運命の恐ろしさを感じていたところだった。
 その当の本人が、突然目の前に現れたのだから、私の驚きは大きかった。本当に生きていたのだ。想像を絶するポル・ポト時代の狂気を生きのび、そして21世紀の今なお生きつづけている、まさに生き証人だった。思わず話しかけると、「あなたは台湾から来たの?」と聞かれたので、「いいえ。日本からです」と答えた。たしかに生きている人間の生の声を聞いたのである。
 SURVIVOR。彼らは、あの恐怖の時代、1日1日をどんな思いで生きたのだろうか。そして、その暗黒の歴史を背負いながら、その後の人生を、どんな思いで生き抜いてきたのだろう。いまだ重い時を1日1日過ごしているのだろうか。

 そして、今年8月に訪ねたインドネシアのアチェでも、2004年12月26日のスマトラ沖地震による津波から生きのびた人たちの話を聞くことができた。約16万7千人もの人々が犠牲・行方不明となったあの大津波から助かった人たちの物語である。
 12年前、巨大地震後のアチェの街が、海に呑み込まれていく映像を見て、この世のものとは思えない衝撃をうけたが…。今回、実際に津波に巻き込まれ、何時間も流され、そこから生き残った人たちの話を直接聞いてみると、その衝撃はさらに大きかった。津波の威力が想像以上に破壊的だったことをリアルに感じられ、私は言葉を飲み込むしかなかったのである。
 SURVIVOR(Para penyintas)。彼らは、少しずつゆっくり言葉を選びながら思いを語ってくれた。いまだ行方不明のままの家族。自分は生き残ったけれど、津波に流されていく人たちを救えなかった悲しみや苦しみ、そしてトラウマ。街は美しく復興し、人々も日々明るく前向きに生きているけれど、心の奧には、いまだ推し量ることができない思いを抱えていることが、ひしひしと伝わってきた。私は、彼らの悲しみを本当の意味で理解することはできないかもしれない。でも、私は泣きながら彼らの話を聴き、その思いをまっすぐ受けとめた。やさしく肩をぽんぽんとたたくことしかできなかったけれど…。
 今日は、まさに12月26日。あの時から12年の歳月が流れたことになる。
 SURVIVOR(Para penyintas)。彼らにとって、この12年の歳月は、長かったのだろうか、短かったのだろうか。どんな思いで今日という日を迎えているのだろう。

 1日、24時間。この地球上で暮らす人々みんなに平等に与えられている時間だけれど……。その1日1日の時間、思いは、一人ひとり違う。喜びに満ちあふれた1日を過ごしている人も、悲しみに押しつぶされそうな1日を過ごしている人もいる。1日が短かった人も、長い1日を過ごした人もいる。今日がどんな1日であれ、どうかどうか、一人ひとりの明日が少しでも平和で穏やかな日々になりますように。そう、祈るばかりである。
 そして……。ある意味、私たち一人ひとりも、今日という不安定な時代を生きのびた、一人のSURVIVORなのである。