
まさか、日本が戦争に加担する国になることがあろうとは、想像さえしていなかった。物心がついてから今まで、地球のどこかで起こっている戦争がなくなる日を願い、また第二次世界大戦での過ちを二度と繰り返さないために、私は東南アジアを旅しながら、戦争の歴史、日本の侵略や植民地支配の歴史を学んできたのだった。そして、戦後の日本には、武力行使を永久に放棄した憲法9条があるのだから大丈夫、歴史から“正しく”学んでいけば、決して戦争に加担する国にはならないだろうと、信じてきたのである。日本が軍隊をもっていないこともひとつの希望だった。
なのに、一体どうして、こんなことになってしまったのだろうか。
今や、私たちの後の世代の人たちにとって、“戦争”というものが、生活のちょっと先にあるリアルな自分事になりつつあったのだ。2015年9月11日の国会前デモで、高校2年生の光くんが語ったスピーチを聞いて、その現実が、改めて重くのしかかってきたのである。
「こんばんは。高校2年の光です。僕は今、安全保障関連法案に反対しています。政府は、この安保法案を、日本国民の命と平和の暮らしを守るための法律として掲げています。果たして本当にそうでしょうか」
ちがう!
「この法案が可決されると、集団的自衛権の行使が可能になり、自衛隊が後方支援という形で、他国に対する弾薬の提供ができるようになります。政府はこのことに対して、自衛隊のリスクが上がらないと言っていますが、戦争に近づくのに自衛隊のリスクが上がらないなんて、そんなことがあるでしょうか。そもそも戦争に前方も後方もないと思います」
そうだ!
「この法案が通り、将来影響が出てくるのは、僕たちみたいに若い世代や、僕たちよりもっと若い世代、僕たちの子どもにあたる世代です。僕たちは今、関心を持たなければいけません。たとえ無関心でいられたとしても、無関係ではいられなくなります。自分たちの将来のために、高校生や中学生にもっと興味をもってもらいたい。別に反対しようと言っている訳じゃありません。だけど、自分の頭で少しでもいいから考えてほしい」
そうだ!
「こうやってデモをしても、意味がないという人もいます。確かににデモをしたからといって、直接政治が変わるわけではありません」
そんなことない!
「デモに参加することが全てではありません。しかし、今僕たちが何もしなかったら、本当に何も変わらないんです」
そうだ!
「僕は今、当たり前に過ごしている生活を壊されたくない。戦争を手助けできる国の国民でありたくない。10年後、20年後、さらにもっと先の未来でも、僕は日本は戦争しない国なんだぜって、自信をもって言いたい」
そうだ!
「これが利己的だと言われても、自分の将来、そして日本の将来を守るために、僕はこの安保法案に反対します」
拍手!
「最後に、僕の大好きなミュージシャンの、忌野清志郎さんの言葉を読みたいと思います。
──この国の憲法第9条は、まるでジョン・レノンの考え方みたいじゃないか? 戦争を放棄して世界の平和のためにがんばるって言っているんだぜ。俺達はジョン・レノンみたいじゃないか。戦争をやめよう。平和に生きよう。そしてみんな平等に暮らそう。きっと幸せになれるよ。──
これでスピーチを終わります。ありがとうございました」
拍手!
“この法案が通り、将来影響が出てくるのは、若い世代
無関心でいられたとしても、無関係ではいられなくなる”
10年後、20年後、さらにもっと先の未来……。
今ここで、「安保法案」の成立をストップさせなければ、日本は、地球規模で米軍の支援ができる国、戦争に加担する国へと姿を変えることになる。それは、やがて、日本が地球規模の戦争に巻き込まれて、武力を行使するばかりか、その反撃も受ける国になる可能性があることを示唆していた。「考えすぎ」「大げさ」「杞憂」だろうか? そうであればいいが……。
そう、2015年9月の、「こんなはずではなかった」という小さな誤算が、さらにもっと先の未来に、あのとき、「安保法案」の成立をストップさせておけば、こんなことにならなかったのに……と、後悔するような「大きな誤算」になることだけは避けたい。