
カンボジアのアンコールワットでハーフマラソン大会に参加して以来、海外での旅ランに、ちょっとした楽しみを覚えるようになった。何も暑い東南アジアまで行ってわざわざ走ることもないのだが、一度、走ってみると意外と楽しく。あそこでも、ここでも、「景色を楽しみながら走ってみよう」という気持ちがわいてきたのである。
なかでも、赤道をはさんで東西5000kmにわたり約1万3千もの島々が点在する国、インドネシアへ行くなら、やはり首都ジャカルタのモナス(独立記念塔)の周りを走りたい。一度でいいから、大都会の真ん中で朝ランしたい──。そんな思いがふくらんでいった。
高さ137メートル、頭頂部には35kgの金箔が施された炎のモニュメントがあるモナス(独立記念塔)。独立の理想は決して消えないことを表しているという、まさにインドネシアの独立のシンボルであった。そして、インドネシアを旅して30年になる私にとっても、やはりこの塔は、特別な存在だったのだ。インドネシアと私とをつなぐ「絆の象徴」のようなものであり、またインドネシアの歴史を旅するときの「ランドマーク」のようなものでもあったからである。
ところが、いざジャカルタに来てみると、暑い。うだるように暑かった。南緯6.2度、赤道直下のジャカルタは、天高く昇った太陽から、まばゆい陽射しがさんさんと降り注いでいる。日中、街中を歩いているだけで、じわじわと耐えがたい暑さが襲ってきた。しかも、早朝でも25度を超えているのだ。いやはや、そんなことは、とうに知っていることだったが……。ジャカルタに到着して、改めて実感したのである。さすがにこのなかを走るのは、キケンだろう。想像しただけでもめまいがしそうだった。
というわけで、モナスの周りを走りたい、という妄想は、あっさり断念しそうになった。しかし、待てよ。せっかくジャカルタに来ているのだから、やはり走ろう。早朝なら、東京の夏の朝と同じくらいの気候ではないか。ならば、走れないこともない。これも旅ランの楽しさ。と、自分自身を鼓舞してみる。
結局、少しばかり早起きした朝、私は意を決して、泊まっていたホテルからモナスがあるムルデカ広場まで、ゆっくりペースで走ってみることにした。
ホテルの外に一歩でると、早朝とはいえ、大都会に生きる人びとは、すでに活気に満ちていた。ホテル前の片道5車線の大通りには、車やバイク、三輪タクシーのバジャイ、市内バス「トランスジャカルタ」などがひしめき合い、渋滞をまき散らしていた。イスティクラル・モスク近くにあるジュアンダ駅の広場にも、客待ちをしているオジェック(バイクタクシー)がずらりと並んでいた。人・人・人、車・車・車……。ジャカルタの平日の朝は早く、喧騒に包まれている。みんな働き者だなぁ。と、つい心の声がもれた。
そしてその横を、ランニングウエアを着て朝ランしている、ちょっと場違いな私が、テレンコペースで走り抜けていった。
その後、ムルデカ広場の北側の道を走り、大統領官邸前を通過した。ここのところ、毎日のように大統領官邸前ではデモが行われていると聞いていたが、さすがに早朝とあって、まだデモはなく、官邸の周辺はひっそりしていた。ただ朝の陽射しだけがまぶしく輝いていた。
そうして、ムルデカ広場の西側入口から、公園内に入っていった。中央にあるモナス(独立記念塔)近くまで進み、モナスの周りの歩道をぐるっと1周、走りつづけた。朝とあって、ほとんど人はいない。散歩する人がチラホラ。ジョギングする人も、約2名いるだけだった。モナスの入場時間までまだ充分時間があったので、観光客も来ていないようだ。おかげで私は、ほぼ独占状態で、モナスの周りを朝ランすることができたのだった。
これは気持ちいい。大都会のど真ん中にありながら、ここだけは都会の喧騒を離れ、ゆったり静かな時間が流れている。中央の空を見上げれば、そこには雲ひとつない青い空と、高さ137メートルのモナス(独立記念塔)があった。そうそう、この景色を眺めながら、朝ランする。それが、したかったのである。少しだけ時空を超え、悠久の時が流れだしたような気がした。そうして、そのまま同じコースを引き返して、ジョギングしながらホテルまで戻った。
5.07km、38分18秒──。iPhoneのRuntasticが、そう記録した。
ホテルの部屋に戻ると、一気に、顔から、身体から、汗のしずくがしたたり落ちた。やはり大都会ジャカルタでの朝ランは暑かった。すぐにシャワーを浴びて、ホテルで遅めの朝食を。ナシゴレンにタフゴレンや野菜炒めをのせて食べた。これまたインドネシアらしい美味しい朝になった。


