アンコール・ワットの日の出


 まだ夜が明けぬ薄暗いなか、シェムリアップの街中にあるゲストハウスを出発し、世界遺産アンコール・ワットを自転車でめざした。アンコール・ワット通りを北上していくと、やがて舗装された道の両側に深い樹林がつづき、少しずつ森が目覚めていく気配が感じられる。うっすら明るくなるころには、立ち並ぶ高木の向こう側から朝の光がこぼれてきそうだった。急がなくては…。

 12世紀初頭にアンコール王朝の第18代王スーリヤヴァルマン2世が建立した、東南アジアで最大級の石造伽藍アンコール・ワット。ヒンドゥー教の宇宙観、神々の世界を地上に表したもので、その壮麗さは、今や一生に一度は訪れたい世界遺産として、世界中の人々を魅了しつづけていた。なかでも、宇宙の中心・須弥山を模した5つの尖塔の背後から太陽が昇ってくる眺めは、言葉にはできぬ美しさがあった。しかも寺院は、太陽の煌めきと調和するように高さや形が設計されていて、春分と秋分の日には、太陽が中央塔の先端から昇るように造られているという。
「当時、王さまはそこまで計算して、アンコール・ワットを建設したのです。で、中央塔の高さは65メートルですからね、どの距離・位置から太陽を見るかによって、中央塔に日が昇る日時が変わってくるんですよ。春分・秋分の日をはさんで4日間くらいにチャンスがあります」
 はじめてカンボジアを旅したときの遺跡めぐりで出会った地元ガイドさんが、こう教えてくれたのだった。そしてちょっぴり得意げに、寺院の中央塔先端に、太陽が重なって見える距離と時刻を記録した手書きノートを見せてくれた。全部、自分で観察・研究したという。これは、すごい。
 結局、そのガイドさんの言葉にインスパイアされた私は、翌年の春分の日に、ふたたびアンコールに戻ってきてしまった。そして、毎朝、いろいろな時間・場所からアンコール・ワットの日の出を見ていたのである。

 こうして、神秘的な“天体のドラマ”を見ようと自転車を走らせていた私は、その日、アンコール・ワットの境内ではなく、西参道よりもはるか外側から日の出を眺めることにした。目的地に到着すると、夜明け前とあって、そこには観光客も通行人も、トゥクトゥクもいなかった。その道の傍らに自転車を停め、道の中央に三脚を立てカメラを構えた。アンコール・ワットの本殿までどのくらいの距離があるのだろうか。道沿いに生い茂る木々の葉の奥、はるか彼方に、本殿のシルエットがうっすらと浮かび上がって見えた。
 そしてここは、高さ65メートルの中央塔先端への仰角が、境内で見るよりぐんと小さくなるため、より地平線近くにある大きな太陽が見えるはずだった。大きく見えるのは、目の錯覚らしいが…。
 待つこと10分。うっすらピンク色の太陽が、中央塔のやや左側から昇ってきた。想像以上に大きくてまん丸の太陽だった。やがてピンク色の太陽は、オレンジ色・黄色へと変わっていく。なんて美しいのだろう…。その感動と周囲の静寂とが溶け合い、じつにアメージングな時間が流れ出した。まるで、この地球上で動いているのは、ゆっくりゆっくりと上昇している神秘的な太陽と私だけのよう。そして、少しずつ右に傾きながら昇る太陽は、もうすぐ、もうすぐ、中央塔の先端に到着する。遥か12世紀に、時の王によって思い描かれた光景が、時空を超えて、今よみがえるのだ。

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