ニラルタを迎える日


 16世紀、ジャワからバリ島に渡ってきた高僧ニラルタ。その伝説は、今でもバリのいたるところで語られている。かぼちゃに乗り瞑想しながら海を渡って来て、バリの村に広まっていた伝染病を聖水の霊力によって治したなど、ニラルタの神通力を物語るものだ。
 しかしニラルタは単なる伝説上の人物ではない。16世紀初頭、イスラム勢の侵攻にあい、栄華を誇っていたジャワのヒンドゥー王国は滅亡する。そして自らの宗教や文化を守るべく王族、祭司、芸術家たちがバリ島に逃れ、新たな王朝を創建することになった。そんななか、ニラルタは「聖水による清め」の儀礼を創始し、「聖水の宗教」とまで呼ばれるバリ・ヒンドゥーの礎を築いた。さらに神的権威をもつ王中心の社会秩序を生み出して王朝を支え、今や「神々と芸能の島」と謳われるバリの華麗な文化を拓いたとも言える聖人だったのである。

 バリの州都デンパサールから車で北東へ40分。緑深い田園に囲まれたマス村へ向かった。
 ここは高僧にラルタが住みついた村だった。そして今でも、ニラルタの子孫である祭司(ブラフマナ)が多く住んでいるという。500年の歳月が流れた現在、彼らはどのように暮らしているのだろう。
 道沿いに木彫り工房が見えてきた。マス村は木彫りの村として有名だが、木彫りもニラルタが神のお告げを村人に託したことに始まる。寺院や王宮の扉や壁を飾るために、また舞踊劇の仮面制作として発展した。
 木彫り工房をのぞいてみた。ところがふだん大勢いるはずの職人がほとんどいない。がっかりしていると「明日からオダランだから、みんな祭りの準備で忙しいんですよ」と店の人が教えてくれた。
 210日ごとに巡ってくる寺院の創建記念日オダラン。村人が一体となって神々を迎え、村の安寧を祈る大祭礼である。
 さっそく村の中心にあるタマン・プレ寺院を訪ねると、その境内にはすでに色鮮やかな祭り用の傘がいくつも飾られ、なんとも華やいだ空気に満ちていた。
 隣接する集会場では、村の男たちが総出で祭りの準備をしている。祭礼の料理であるサテ(串焼き)やバビ・グリン(子豚の丸焼き)をつくっている人、寺院の飾りつけをしている人。また闘鶏場では大勢の男たちが勝敗に一喜一憂し、地響きのような歓声が沸き上がる。「カントゥンカントゥン…」、今度はどこからかガムランの不思議な音色が聞こえてきた。ふだんは静かな村が一気に喧噪のなかへと迷い込んでゆく。

 オダランの日、夕方神迎えの儀礼が行われた。寺院近くにあるワリンギンの木にニラルタをはじめ神々が降臨するので、そこまで迎えにゆくのである。そして神輿に乗った神々が寺に着くと、仮面舞踊劇と僧侶のお経が始まった。仮面をつけた踊り手が優美に舞う姿を見ていると、神々の降臨を感じる厳かな気持ちが沸き上がってくる。
 そして神々を迎えた村は、芸能の村へと一変する。神に喜んでもらおうと、さまざまな余興や舞踊、音楽が捧げられるのである。そこには必ず神々をもてなす美しい供物が添えられる。色鮮やかな果物や菓子が高く組み上げられた供物の絢爛さは、目に焼きついて離れないほどだ。いったいどのようにしてあの供物はつくられるのだろうか。

ニラルタを迎える日──つづきは、JAL機内誌『skyward』September 2003 巻頭特集でご覧いただけます。

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