強行採決にみる、希望


 民主主義ってなんだ。 なんだ。 若い世代からの抗議コールが、連日国会前で響き渡るなか、2015年7月16日(木)、安全保障関連法案が衆院を通過した。安倍政権は、「違憲」と指摘される法案を、憲法改正の手続きをとらぬまま、「数の力」だけで押し切ったのである。
 その夜、午後8時18分。国会前抗議デモで、「SEALDs(シールズ)」の中心メンバー・奥田愛基さん(23歳)は、こう語りはじめた。
「今日、衆議院で強行採決という形で、この安保法案が可決されました。俺らがずっと言っていることは、勝手に決めるな!ということです。憲法守れということですよ。だって法治国家なんだもん。一般的に憲法を変えないで、自分のやりたい通り、思い通りにやっていたら、それは総理大臣失格で辞めてもらうか、独裁者かクーデターかのどっちかですよ」 
 そうだ! の声がこだまする。
「昨日も議長が、この安保法制は止められないんだ、と言い訳のように言っていたそうです。違憲だとか本当は分かっているけど止められない。でも、そうやって、わかっちゃいるけど、実際戦争に勝てないのに突っ込んでいったのが第二次世界大戦だったんじゃないですかね。また同じ過ちを繰り返すんですかね。説明した結果が反対の人が増えているのであれば、この法案は早く廃案にすべきです」
 そうだ!そうだ!
 歩道にも車道にも警察官が立ち並ぶなか、デモ参加者は増えつづけ、熱気が伝播していく。報道陣は、マイクを握る奥田さんを四方八方から取り囲み、映像や写真を撮りつづける。彼は、そんなカメラの多さなど動じることなく、時には穏やかに、時には語気を強めて、淡々と語りつづけた。そして最後、
「俺は、悩んだり、今日もどうなるんだろうと思ったりするんですけど、でも、正直、おかしいことにはおかしいと声をあげつづけたいと思います。強行採決した今日この日から、また新しい闘いがはじまっていきます。官邸側が3連休終えたら、どうせ忘れるからと言っていましたけど、ふざけんな、ボケ!忘れるどころか、どんどん声が高まっていくと僕は思っています」
 と締めくくり、力強いコールをはじめた。

憲法守れ。憲法守れ。
国民なめるな。国民なめるな。
戦争するな。戦争するな。
勝手に決めるな。勝手に決めるな。
集団的自衛権はいらない。いらない。
アベはやめろ。やめろ。強行やめろ。やめろ。
憲法守れ。憲法守れ。

 体を前後に大きく揺らしながら「反対」を訴える彼の顔はみるみる赤くなり、首筋に血管が浮かび上がってくる。「怒り」のエネルギーが全身からほとばしっているようだった。色白で、一見おとなしそうな印象を与える青年だが、マイクをもちコールをはじめたとたん、すさまじい形相に変わるのだ。
 そして野党幹部や、ジャーナリスト、大学教授、学生などのスピーチをはさみながら、次々とシールズメンバーが演台にのぼり声をあげた。「安保法案廃止」と「安倍首相の辞任」を求めるラップ調のシュプレヒコールは大きな波となって止むことがない。歩道を歩く人たちも、一緒になって声をあげている。
 2時間ほど経ったころだろうか。奥田愛基さん本人と直接話すことができた。開口一番、
「国民をなめきっていて、本当に腹が立ちますね」という。
「今、周りの人たちに何をいちばん伝えたい?」と聞くと、
「自分たちで考えてもいいし、行動してもいい。本当に少しでもおかしいと思っているのだったら、できること、いっぱいあるから、あきらめないでやれることやろうぜ。そういう人が一人でも増えたら、もう一人増えるかもしれない。だから、ちょっとでも関心あるヤツが動いてほしい」と話した。

      *

 翌日、7月17日(金)は、国会前デモに集まった人たちに「デモ参加の気持ち」を聞いてみた。驚いたことに、参加者の年代はいろいろ、小さな子ども連れの家族も、ひとりで参加している人も多い。
 東京の大学に通う女性(大学3年生)は、
「毎回デモに来ています。SASPL(サスプル─特定秘密保護法に反対する学生有志の会)のときから参加しています。やはり、安倍さんが全然国民の意見を聞いていないから。特定秘密保護法も戦争につながる法律だと思って。学生としては学問の自由が危ないという気持ちがあったからです」という。
 そんな彼女はほぼ戦後50年生まれ。戦争はピンとくることなのだろうか。
「広島や長崎に行ったときに、被爆者の方や戦争体験した人の話を聞いたので、やっぱり二度と繰り返してはいけない、戦争ができる国にしてはいけないという思いがあります。辺野古にも行きました」と答える。
「それに、戦争にも準備があるんだなと思って。ある日突然はじまるというより、特定秘密保護法とか、今回みたいな法案が通っていって、戦争がはじまるというのを感じました。法案通ったのは、許せないですね」 

 “戦争にも準備があるんだなって思って” 
 “違憲というのはね、デモクラシーの破壊です”

 デモ参加が6回目だという男性(東京・66歳)は、何よりも民意が反映されていない政治のあり方、民主主義の危うさを懸念する。
「僕が特に訴えたいのは、選挙制度の問題です。世論と実際の国会議員の行動が乖離しているのは、そもそも小選挙区制に問題があるからですよ。やはり選挙制度を改革して民意が反映できる体制をつくらないと。僕は護憲の立場で、戦争反対の立場です。だけど、民意が反映された形で憲法改正になったら、これは受け入れますよ。でも、今回のように国会の多数決で強行採決するのは受け入れがたい」と話す。口調はいたって穏やかだ。
「昔に比べたらデモは大したことないと、官邸側が言ったかどうか知らないけれど。僕は60年安保のときを覚えている。その年代だから。あの時は、戦後すぐだったから、みんなが反戦の気持ちが強かった。だから一度にあれだけの人数が集まったんだと思う。でも、今回重要なのは、違憲だということですよ。僕はこの夏、1度に30万人集まらなかったとしても、がっかりすることはないと思っています。朝から入れ替わり人が国会前にやって来てデモをしている。その流れを、太く長くしていくんです」
 そのために、腹をすえて来週以降も毎日デモに参加することにしたという。
「違憲というのはね、デモクラシーの破壊です。立憲主義を壊すのは、これは許せない。ホント許せないよね。もう何としてでも廃案にしたい。そのためには、違憲訴訟までもっていって、世界に、歴史上に、このことを記録することはむしろ望ましいことかもしれない。だからね、今国会で強行採決されても、絶望ではなく、むしろ希望かも。目からウロコじゃないけれど、みんなが政権の危うさに気づく後押しになったのだから」
 私もまさに同感だった。 

 “戦争に行かせるために
 産んだわけじゃない”

 3歳の娘を夫に託し、ひとりデモに参加した女性(東京・40代)は、
「法案が通りそうだとツイッターで知ってマズイと思い、先週の金曜日(7月10日)にはじめてデモに参加しました。今日で2回目です。法案のことはよく分からないけれど、感覚的にヤバイと思ったのです。追々は戦争に行かされるんだなと思って。昔は男性が率先して行かされたけど、これからは女性も行かされることになるかもしれない。私の子どもは女の子ですけど、戦争に行かせるために産んだわけじゃないから。それに、戦争に行かなくても、爆弾が降ってくるとか、テロにあいやすくなるとか、危ない世の中になったら安心して住めない。そういうこと考えるんで、やっぱりここは声をあげておきたいと思いました」と話す。
 とはいえ、はじめてデモに参加しようとしたとき、デモは怖いイメージはなかったのだろうか。
「全くない。もう行かなきゃマズイという思いが強かったから。一人で来るのが恥ずかしいところもあるんですけど、実際デモに来てみたら、一人で参加している人が多かったので、それが心強いかな。それに、このシールズのデモは分かりやすいですね。言葉もストレートで簡単で、声に出しやすい」と答える。
「ただ複雑なのは、国民がちゃんと投票しないから、こういうことになったんだという思いがあるんですね。安倍晋三だけが悪いんじゃなくて、こういう状況をつくった自分たちにも非がある、反省しなくてはと思うんです。今となっては、やっぱり何十万人とデモに来てほしいですね。岸首相が倒れた時のように。そして廃案にしてほしい」

 “デモは、実際来るのと
 テレビで見ているのとは全く違いますね”

 鎌倉から駆けつけた男性(31歳)は、今回デモ参加は2回目。「集団的自衛権に対しても、安保法案をむりやり国会で通そうとしていることに対しても、反対の意志を示したかったから」という。
「やっぱり、実際来るのとテレビで見ているのとは全く違いますね。ここには、音もあるし、匂いもある、熱気も温度もある。自分もその中でひとつになって、断固反対と意思表明をしているのを感じられます。全員がみな同じ意見や考えじゃなくても、とにかく断固拒否したいという人の塊がうねりになっているのが分かります」 

 “法案が通ることは分かっていたこと
 じゃ自分たちはどうするの?”

「戦争のない日本の状態が変わっていくのを、そのまま見ていることはできなかった」
 と話すのは、埼玉出身の30代の女性。もう何度もデモに参加したという。
「それに戦争というのは、私たちが生きてきた間に日本がしなかっただけで、世界のいたるところで戦争は起こってきたわけです。だから、戦争がすごく遠いものだとは思っていなかった。自分も小さい時から、赤紙がくるような立場になったとき、それを拒否できる人間であるか否か。そんなこと考えてきたんですよ。人間として生きるうえで、その判断がすごく象徴的なことのような気がして。だからと言って、こんなにリアルになるとは思っていなかったけれど」
「この法案が通って、何が起こるかだよね」
 と彼女と一緒にデモに参加した男性(20代)も話す。
「どういう結末になるか、想像するじゃないですか、過去をいろいろ見返して。俺は戦争のリアルは分からないけど、夏になったら原爆が投下された日がきて、戦争のドキュメンタリーなども見てきた記憶がある。おじいちゃんが戦争で脇腹を銃で撃たれていて、5歳くらいの時にその傷跡も見た。だから戦争って本当にイケナイことなんだということが、毎年夏になると、この暑さと一緒にくるですよ。だから、そういう想像力、人への思いやりや人の命を全然考えないで、国民の意見を無視して、自分たちの思い、法案を押し進めるのにはすごく腹がたちます」
 でも、今回法案が通ることは分かっていたことだから、落ち着いて物事を受けとめましたね、とつづける。怒りはあるけど、それじゃ自分たちはどうするの? という方向に切り替えたと。
「このデモも、一人ひとりがものすごく意識をもって、何が起きているかをちゃんと理解して、これだけ多勢の人が集まっていることは、僕にとっては驚きでしたし、そこに元気をもらいました」
「私も怒りはあります」と彼女もうなずく。
「でも、絶望することではない。あきらめようとも思っていません。こういう抗議デモの動きもありますし、これからどうしていくかだと思います」

 絶望することではない。これからどうしていくかだ──。
 そんな多くの声を聞くことができた。その夜、デモには5万人が集まったという。

 国会前では、夜10時を過ぎても、コールの声は鳴り止まない。
 どんな大義があろうと、戦争に巻き込まれれば、人を殺し,殺されることになる。それでも、国益、防衛のためならと戦争を容認する法案をつくるのか。他の道はないのか。こんな大事な法案を、国民の理解が進まぬまま強行に押し進めていいのか。
 立憲主義、民主主義がこのままでは壊されてしまう──。この危機感への闘いは、はじまったばかり。しかし、この強行採決により、かえって人々の「戦争反対」「違憲」「民主主義」への意識は目覚め、新たなうねり、潮流が生まれてきたようだった。潮目は明らかに変わったのだ。そして想像以上に、デモ参加者一人ひとりが、自分の頭で考え判断して行動していることを知り、この国の“未来への希望”を見たような思いになったのである。

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