バリ島初の世界遺産


 2012年夏、バリ島初の世界遺産に、伝統的な灌漑システム「スバック」に基づいた文化的景観、バリの美しい棚田(ライス・テラス)の景観が選ばれた。千年以上も前からバリに伝わる哲学「トリ・ヒタ・カラナの精神」を体現した、灌漑システムと習慣的な水利組織が、高く評価されたのである。
 バリ好きの人なら、「スバック」も「トリ・ヒタ・カラナの精神」も、どこかで聞いたことのある言葉だろう。しかし、一般の人には、きっと「何のことやら……」ではないだろうか。簡単に説明すれば、「スバック」とは、水源を共にし、水を公平に分け合い利用する水利組織(農業のための灌漑システム)のこと。そしてその基本哲学となっている「トリ・ヒタ・カラナ」とは、「3つの幸福をもたらす原因」という意味のサンスクリット語で、人間と神と自然との調和の重要性を説く哲学、精神なのである。
 つまり、人間はこの宇宙のなかで、神や他の命あるものと相互に関連しながら生きている。だから、人は、「人間と神との調和」、「人間と自然との調和」、「人間同士の調和」、この3つの調和を維持しながら生きることが、とても大切。神に感謝し、環境を保全し、人と人との和を重んじ協力しあうことにより、平和で幸福な世界がもたらされると説いている。
 それゆえに、バリの美しい水田景観を作っている棚田で暮らす人々は、つねに宗教儀礼をして神に感謝し、神から与えられた水を共に大切に利用して環境を保全し、そして儀礼などを隣近所どうし相互扶助によって行ってきたのである。その調和の精神の表れであるバリの文化的景観が、今回ユネスコの世界遺産として登録されたことになる。

 さて、この調和の精神と、それを実際の生活のなかで生かすシステムを創始したのは、8世紀に神の神託を受け、東ジャワからバリ島に渡ってきたヒンドゥー教の高層ルシ・マルカンディアだと伝えられている。実際、高層ルシ・マルカンディアの話は、バリ島で聞けば聞くほど神秘に包まれてゆき、歴史なのか神話なのか、分からなくなっていくけれど。以来1200年、バリ島では、変わらず人間・自然・神(宇宙)が共生する営み、あるいは一体となる生活が守られてきた。
 そして、未来に向かっても、その営み、美しい文化的景観が守られ続けていきますように……。そんな願いが込められての、今回の世界遺産登録であろう。これを機会に、バリをまだ知らない人も、ぜひ赤道直下の楽園、神々と芸能の島まで旅してみてはいかがだろうか。悠久の時を刻んできた「トリ・ヒタ・カラナの精神」をじっくり感じながら、バリ島の美しい景観を心ゆくまで楽しむのも素敵である。

 
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